戦国クリエーター・jamiの『甲冑ファッションコーディネート』

jami(ジャミ)と申します(^^) 戦国Web小説書いたり、舞台用甲冑つくったりしております☆ それ系が好きな方、仲良くしてやってくださいませ♪

戦国武将紹介!『 本多忠勝 』名槍・蜻蛉切をふるい無傷で57回の戦を切りぬけた徳川四天王の一人

f:id:jaminism:20171214103905j:plain

最初の記事から読む

↓ ↓ ↓ ↓

jaminism.hatenablog.com

 

 

 

どうも。jami(ジャミ)です。

戦国クリエーターのjami(ジャミ)と申します。

戦国好きがこうじて、戦国的な作品をつくるようになった者であります。

Web小説を書いたり、甲冑をつくったりしております。これは作品の宣伝も含め、自分の表現の場としてつくられたブログであります(^^)。どうぞよしなに☆

 

イラストレーター・コータ 様

↓ ↓ ↓ ↓

http://realsengoku.blogspot.jp/

 jami的戦国武将紹介 No.07 

本多忠勝

名槍・蜻蛉切をふるい無傷で57回の戦を切りぬけた徳川四天王の一人

このコーナーでは、戦国ファンのjamiが戦国武将をライトにご紹介していきます(^^)
盛ったり簡略化したりしてます(^^;)
史実とは限りません(^^;)

諸説あっても、ひとつしか述べなかったりします(^^;)
興味がもてた武将さんを、ぜひご自身で調べてみてください(^^)

 

雑ぅ~~な紹介動画つくりました。
句読点の表記とかいろいろツッコミどころはありますが、大目に見てやってくださいませ(^^;)

 

https://youtu.be/nVOQQtjAYrY

 

本多忠勝(ほんだただかつ)
徳川家康に仕えた猛将。
徳川四天王の一人として君臨した実力者。

 

その生涯において57回の合戦に参加したがいちども傷を負わなかったという。
その兜 大きな鹿の角 が猛々しく、手には名槍『 蜻蛉切 』が煌めき、その戦働きは比類なく、家康の天下獲りにおおいに貢献した。

 

彼がこの世を去る数日前、彫り物をしていたさい誤って小刀でかすり傷を負ってしまう。
そのとき自らの衰えを感じ、死期を悟ったという。

 

________________

 

武将さんを語るにあたり、コメンテーターの皆さまをお呼びしました。

f:id:jaminism:20180127110618j:plain

 

ガンダム的な武士的な何かです。

 

ザク的な武士的な何かです。

 

グフ的な武士的な何かです。

 

シャア専用ザク的な武士的な何かです。

 

はい。では、コメンテーターの皆さまは、この本多忠勝という武将に対してどんなイメージを持っておられますでしょうか?

 

やっぱりその強さですね。

 

ですよね。本多忠勝といえばその強さ。

 

はい。57回の戦に参戦して無傷というのは驚異的です。
ただ、これは忠勝個人の武勇ではなく、あくまで戦術に秀でていたということだと思います。

 

私もそう思います。ゲームなどでは圧倒的な強さの槍使いといった感じですが、
何度も何度も最前線で先陣きって戦っていたら無傷なわけはないと思います。

 

対照的なのが同じく徳川四天王井伊直政ですね。
彼はよく先陣をきって戦っていたそうで、しょっちゅう傷だらけで帰ってきたそうです。

 

同じ戦上手ではありますが、そうやって見ると
お互いがお互いの魅力を引き立て合っているようにも感じます。

 

戦国好きの意見ですね。

 

ですね。分かる人には分かると思いますが、興味ない方にはピンとこないでしょうね(^^;)

 

個性が見えると、よりその武将が好きになったりしますね。ただ強いってだけでなく。

 

ちなみに無傷の武将といえば、武田軍の馬場信春もあたまをよぎりました。
まぁ、彼のばあいは最終的には長篠の戦いで討たれてしまいますが。

 

ですね。戦場にて散ってしまいましたが、それまで『 不死身の鬼美濃 』と呼ばれ恐れられていました。

 

そう考えると、やはり忠勝さんの57戦して無傷というのは凄まじいですね。

 

ですね。もしかすると他にもいたかも知れませんけどね、そういう人。
とともに、けっこう微妙なんですよ。
忠勝も「これは死んでてもおかしくない」って行動をとることもありましたし。

 

ほぅ。たとえば?

 

小牧・長久手の戦いのさい、8万の兵を擁する秀吉軍に、わずか500の兵を率いて対峙してます。
もしかしたら、それで本格的な戦闘になってもうまくやりきる自信があったのかも知れませんが。

 

あ~~~、確かに。うまくやりきれたような気もしつつ、馬場信春のごとく無傷伝説の終わりとともに、
その生涯もそこで閉じてた可能性もなくはないような。

 

歴史に「もしも」はありませんが、いろんな展開ががありえたと思いますよ。

 

そういったことに想いを巡らせるのも、戦国ロマンの醍醐味ですね。
ちなみに、もし忠勝さんと信春さんに違いがあったとすれば、どんなところでしょう。
なぜ信春さんの無傷伝説は幕を閉じてしまったのでしょう。

 

そうですねぇ。なぜ馬場信春は討たれてしまったか。それは、

f:id:jaminism:20180124180439j:plain

 

坊やだからさ。

 

違います。死を賭してまで戦いつづけるべき局面だったかどうかだと思います。
忠勝も家康を守るためにやむをえないと判断した局面であれば、命を落していた可能性はあります。

 

なるほど。優先順位ってのはありますでしょうね。
戦に勝つ、勝てないなら逃げる、主君を安全に逃がすために戦場に残る。
そう考えると「無傷伝説」なんてのは主君の命に比べれば軽いですね。
・・にしても・・過酷だなぁ、戦国時代。

f:id:jaminism:20180124180439j:plain

 

戦いは非情さ・・・。

 

覚悟というか、度胸がすごいですね。敗戦が決定的な状況で戦場に残って戦いつづけるとか。

f:id:jaminism:20180124181350j:plain

 

ふふふ。それにしてもいい度胸だ。

 

度胸があるってのも大事なのですが、どうゆう局面か理解できるかどうかも大事ですね。
戦略的には、必ずしも攻めたり戦いつづけることが正解ではないので。
ときには戦わずに後退すべき局面もありますから。

f:id:jaminism:20180124181350j:plain

 

ええぃ!戦わずして後退か!!

f:id:jaminism:20180124181521j:plain

ドゴッ!

f:id:jaminism:20180124181203j:plain

ドガァ~~ン!
 

さっきからうっせぇ~~~!!!Σ(゜ロ゜)Σ(゜ロ゜)Σ(゜ロ゜)

 

 

  自作甲冑
つづきまして、作品紹介であります。
甲冑つくってます(^^)
本物ではございません。さらには本物志向でもないです(^^;)
あくまで『簡略化』『量産性』を基本方針としております。

f:id:jaminism:20171214045144j:plain

f:id:jaminism:20171214103303j:plain

 

インスタにもこういった甲冑画像などをのせてます。ぜひ覗いてやってください(^^)

↓ ↓ ↓ ↓

www.imgrum.org

__________

 

Twitterもやってます☆

↓ ↓ ↓ ↓

twitter.com

フォロー・いいね・RT・コメントしてくれると嬉しいです♪( ´▽`)

ブログの感想とか書いてくれたらHappyです♪( ´▽`)

とくにブログの感想とか書いてくれたらHappyであります♪( ´▽`)

 

てなワケで、今回の記事はここまでっ( ´ ▽ ` )ノ

このたびは、おつき合いくださり感謝もうしあげますm(_ _)m(^^)

今後とも、どうぞよしなに~( ´ ▽ ` )ノ

 

 

次の記事

↓ ↓ ↓ ↓

jaminism.hatenablog.com

最初の記事から読む

↓ ↓ ↓ ↓

jaminism.hatenablog.com