戦国クリエーター・jamiの『甲冑ファッションコーディネート』

jami(ジャミ)と申します(^^) 戦国Web小説書いたり、舞台用甲冑つくったりしております☆ それ系が好きな方、仲良くしてやってくださいませ♪

戦国武将紹介!『 徳川家康』忍耐を重ねたすえ戦国に幕を引いた江戸幕府の開祖

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どうも。jami(ジャミ)です。

戦国クリエーターのjami(ジャミ)と申します。

戦国好きがこうじて、戦国的な作品をつくるようになった者であります。

Web小説を書いたり、甲冑をつくったりしております。これは作品の宣伝も含め、自分の表現の場としてつくられたブログであります(^^)。どうぞよしなに☆

 

イラストレーター・コータ 様

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http://realsengoku.blogspot.jp/

 jami的戦国武将紹介 No.12 

徳川家康

忍耐を重ねたすえ戦国に幕を引いた江戸幕府の開祖

このコーナーでは、戦国ファンのjamiが戦国武将をライトにご紹介していきます(^^)
盛ったり簡略化したりしてます(^^;)
史実とは限りません(^^;)

諸説あっても、ひとつしか述べなかったりします(^^;)
興味がもてた武将さんを、ぜひご自身で調べてみてください(^^)

 

雑ぅ~~な紹介動画つくりました。
句読点の表記とかいろいろツッコミどころはありますが、大目に見てやってくださいませ(^^;)

 

https://youtu.be/DzKrZkRFAaI


徳川家康(とくがわいえやす)
三英傑最後の一人にして 徳川幕府の開祖。
忍耐につぐ忍耐のすえ 見事天下統一をなしとげる。

 

人質生活を余儀なくされた幼少期を経て、桶狭間の戦いののち独立。
織田信長と同盟関係をむすぶが、またしても苦難の道がつづく。

 

しかし本能寺の変にて信長が討たれ事態は急変。
信長の跡をつぐかたちとなった羽柴秀吉と対立。
長久手合戦において勝利をおさめ、その強さを諸大名に知らしめる。

 

その16年後、天下分け目の関ヶ原の戦いにおいて豊臣勢力との一大決戦をむかえる。
これに勝利し 日ノ本をすべる土台を揺るぎないものとした。

 

________________

 

武将さんを語るにあたり、コメンテーターの皆さまをお呼びしました。

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ガンダム的な武士的な何かです。

 

ザク的な武士的な何かです。

 

グフ的な武士的な何かです。

 

シャア専用ザク的な武士的な何かです。

 

はい。では、コメンテーターの皆さまは、この徳川家康という武将に対してどんなイメージを持っておられますでしょうか?

 

やっぱり関ヶ原の戦いの勝者というところですね。

 

あぁ。それによってもう、家康の天下がほぼ揺るぎないものになりましたからね。

 

そうなんです。ただ、そこに至るまでには多くの苦難があったので、
それを乗り越えて徳川幕府ができたというのも感慨深いものがあります。

 

苦難といいますと?

 

彼は幼いころ、今川家にて人質としての生活を余儀なくされたんです。

 

わぁ~。

 

ただ人質といっても、丁重に扱われていました。何も問題がおこらなければ、よからぬことにもならないんです。
とはいえ、やっぱり立場的には苦しい状態ですね。

 

なるほど。ただ、その時期に雪斎の教えを受けられたというのは大きいですね。

 

まったくもって。天才軍師として名高い太源雪斎(たいげんせっさい)が
幼きころの家康の教育係だったことは、のちの躍進に大いに関係していると思います。

 

人生、なにが良くてなにが悪いかなんて、かんたんには決めつけられませんね。

 

そうですね。今川家に人質として出されなければ、その恵まれた環境もなかったわけですから。

 

そして桶狭間の戦いでは今川軍として参戦。負けてしまいますね。

 

はい。ですがここでもシビアというか、絶妙というか、運命の転換点となります。
戦に負けたことは良いこととは言えませんが、今川義元が討たれたことによって今川家は弱体化します。
それを好機ととらえ、家康は独立を果たします。

 

思ってもみなかった人質生活の終焉ですね。

 

はい。そして桶狭間の戦いでは敵対関係にあった織田信長と同盟をくむことになります。

 

そこでも苦難が待っているんですよね。

 

そうなんです。同盟関係とはいえ、パワーバランスとしては織田家の方が上だったんです。
そんなおり嫡男の信康が、信長から謀反のうたがいをかけられ切腹を要求されます。
それにはさすがに徳川家中で反対意見がつよく同盟破棄の声もあがりましたが、
家康はけっきょく断腸の思いで信康に切腹を命じました。

 

・・・もう、絶句してしまいますね。我が子の命よりも優先した信長との同盟ですが、その信長が本能寺の変にてまさかの最期をとげますよね。
このとき家康はどんな状況に立たされたのでしょうか。

 

ひじょうに厳しい状況でした。そのとき家康は本拠にはいなく、安全に帰還できるか分からない状況に陥ったのです。
それでもなんとか、服部半蔵らのおかげで無事に生きて帰ることができました。

 

世にいう「伊賀越え」というやつですね。

 

はい。そして信長という大器がこの世を去ったあと台頭したのが羽柴秀吉、のちの豊臣秀吉です。
織田家の勢力をとりこんだ秀吉との対決はさけて通れませんでした。

 

世にいう「小牧・長久手の戦い」ですね。

 

この戦いのハイライトとなった長久手合戦において家康は、野戦での強さを見せつけ全国の諸大名に一目置かれることになります。

 

秀吉との戦いは勝ったわけですね。

 

それがですねぇ・・・

 

そうではないと。

 

戦術では家康の勝ち、戦略では秀吉の勝ち。というのが今のところ多い意見です。

 

なんだか川中島の戦いのときみたいですね。

 

ですね。たしかに長久手合戦では勝利した家康ですが、同盟関係にあった織田信雄(おだのぶかつ)がなんの相談もなく秀吉と和解してしまうんです。

 

織田信雄、というのは?

 

信長の実子です。もともと家康は織田家に味方するという大義名分をかかげて戦っていたので、
その織田家が戦いをやめると言い出したら、家康も戦いをやめざるをえないのです。

 

うぅ・・無念。

 

秀吉はその強さを認めたからこそ、家康ではなく信雄にターゲットをしぼり攻めたて追いつめたところで和睦を提案するのです。

 

うまい(^_^;)
だから戦術では勝ったけど、戦略では負けたと言われるのですね。

 

そんなこんなで、しばらくは秀吉の時代がつづきます。

 

家康さんにとっては、またしても忍耐の期間となるわけですな。

 

そして秀吉が没して、のこる豊臣政権の重鎮・前田利家も没すると牙をむきます。

 

そこに立ちはだかったのが、石田三成さん。

 

はい。三成は毛利輝元(もうりてるもと)を総大将にすえた大軍勢を集結させます。
そして迎えた関ヶ原の戦い。
大激戦のすえ勝利した家康に、もはや刃向かえる力をもった勢力はいなくなりました。

 

ただ、豊臣の残存勢力はいまだに健在だった。

 

そう。すでに高齢だった家康は、自分が生きているうちに豊臣勢を壊滅させておきたかったと言われています。
そして大阪の陣にてそれを完遂させます。

 

おぉ~~。こうして語ると一瞬ですが、かなり山あり谷ありな生涯だったんですね。

 
 
 

・・・・・。

 

・・何か?

 

いえ、べつに。

 

出番がほしいと?

 

「や、そ、そ、そんなこと、べつにそんなこと、

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家康、いっきまぁ~~す!

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ドゴォッ!
 

人質生活~!!!

 

悲しいけどコレ、戦争なのよね。

 

スレッ〇ーさん?

 

家康、いっきまぁ~~す!

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ドゴォッ!
 

桶狭間ぁ!!!

 

・・負けた・・・これからどうすれば・・・。

 

自分で判断して行動するんだ!

 

ブラ〇トさん?

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家康、独立します。織田家と同盟くみます。

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ドゴォッ!
 

本能寺ぃ!!!

 

信長殿が討たれた?
・・・もはや生きては帰れまい。
私の運命もここまでか・・・

 

こうゆうとき、慌てたほうが負けなのよね。

 

カ〇さん?

 

連邦軍にも、あなたがたを見捨ててはいない人がいることを
忘れないでください。

 

マチ〇ダさ・・いや、半蔵ぉ!

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家康、無事に帰還いたしました。

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ドゴォッ!

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信長なきあとは秀吉の時代なのだ!!!

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ガシッ

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バキィ~~~ン!

 

小牧・長久手ぇ!!!

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ドゴォッ!
 

どうも。三成です(´・_・`)

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ドッ!f:id:jaminism:20180124095700j:plain

ズバァァァ~~ン!

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ダダダダダッ

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グサッ!

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関ヶ原ぁ!!!

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ドゴォッ!
 

真田幸村です。でも本名は信繁です(´・_・`)

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大阪のぉぉぉぉぉJI~~~~N!!!

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連邦軍の武士はバケモノか!

 
 

・・・・・。

 

・・・気は済みました?

 
 
 

はい(*゜▽゜*)

 

そんなこんなで、ありがとうございます( ´ ▽ ` )ノ
皆さま、興味がわいた武将さんがいたら、ぜひぜひご自分で調べてみてくださいね(^_^)

 

 

  自作甲冑
つづきまして、作品紹介であります。
甲冑つくってます(^^)
本物ではございません。さらには本物志向でもないです(^^;)
あくまで『簡略化』『量産性』を基本方針としております。

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てなワケで、今回の記事はここまでっ( ´ ▽ ` )ノ

このたびは、おつき合いくださり感謝もうしあげますm(_ _)m(^^)

今後とも、どうぞよしなに~( ´ ▽ ` )ノ

 

 

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