戦国クリエーター・jamiの『甲冑ファッションコーディネート』

jami(ジャミ)と申します(^^) 戦国Web小説書いたり、舞台用甲冑つくったりしております☆ それ系が好きな方、仲良くしてやってくださいませ♪

戦国武将紹介!『 明智光秀 』本能寺にてまさかの謀反!信長の覇道にピリオドをうった名将

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どうも。jami(ジャミ)です。

戦国クリエーターのjami(ジャミ)と申します。

戦国好きがこうじて、戦国的な作品をつくるようになった者であります。

Web小説を書いたり、甲冑をつくったりしております。これは作品の宣伝も含め、自分の表現の場としてつくられたブログであります(^^)。どうぞよしなに☆

 

 jami的戦国武将紹介 No.18 

明智光秀

本能寺にてまさかの謀反!信長の覇道にピリオドをうった名将

このコーナーでは、戦国ファンのjamiが戦国武将をライトにご紹介していきます(^^)
盛ったり簡略化したりしてます(^^;)
史実とは限りません(^^;)

諸説あっても、ひとつしか述べなかったりします(^^;)
興味がもてた武将さんを、ぜひご自身で調べてみてください(^^)

 

雑ぅ~~な紹介動画つくりました。
句読点の表記とかいろいろツッコミどころはありますが、大目に見てやってくださいませ(^^;)

 

https://youtu.be/BW9g9R6nfrU


明智光秀(あけちみつひで)
朝倉義景織田信長に仕えた名将。
天下布武を掲げた信長のもと、その勢力拡大になくてはならない存在であった。

 

本能寺の変の首謀者としてのイメージが強く、その動機にかんしては いまだ議論がつづいている。

その謎も相まってか、ときに冷徹な、ときに人情味あふれる人物としてさまざまな印象で語られる。

 

本能寺にて信長を自刃せしめたのち、中国地方から引き返してきた秀吉の軍と対決。
のちに山崎の戦いと呼ばれるその合戦に敗れ、落ちのびるさなか 落ち武者狩りの攻撃をうけ絶命することとなる。

 

________________

 

武将さんを語るにあたり、コメンテーターの皆さまをお呼びしました。

f:id:jaminism:20180127110618j:plain

 

ガンダム的な武士的な何かです。

 

ザク的な武士的な何かです。

 

グフ的な武士的な何かです。

 

シャア専用ザク的な武士的な何かです。

 

はい。では、コメンテーターの皆さまは、この明智光秀という武将に対してどんなイメージを持っておられますでしょうか?

 

やはり本能寺の変ですね。

 

ですよね~。

 

しかもその動機が、今もハッキリしていないと言いますか、諸説あるんですよ。
新説も増えてるように見受けられます。

 

もはや誰にも分かりませんからね~。とともに、戦国の覇者・織田信長の最期には、
いったいどんな背景があったのか!?って気になりますしね。

 

主流な説が二つありまして、ひとつに怨恨説がありますね。

 

光秀は信長に恨みをもっていた?

 

はい。それとともに恐れも抱いていた。

 

あぁ。自らを第六天魔王と称すぐらいですからね。ただ、その信長さんのイメージも
ここ数年で変わってきた感じもしますが、どうでしょう。

 

ありますね。実は民に寛大だった、みたいな。ただそれもいろいろ言われておりますので、なんとも。

 

二つ目は?

 

光秀自身の天下獲り。

 

なるほど。

 

彼も一人の戦国武将ですから。

 

本能寺の変がわりとフューチャーされてしまいますが、光秀さんご自身にかんしてはどうでしょう?

 

ひじょうに能力の高い人物でした。彼自身、鉄砲の名手でしたし、戦にも長けておりました。
また信長関連の話に戻してしまうのですが、信長と足利義昭をつなげたのも光秀でした。

 

おぉ、足利義昭さんですか。室町幕府最後の将軍ですね。

 

はい。当時 義昭は朝倉義景をたよっており、義景の家臣だった光秀が信長との仲介役となります。

 

う~~~ん、こう書くと分かりにくいですね(^_^;)
超簡単に雑ぅ~~に訳すと、歴史に大きく関係しているということですね。

 

本当に雑ですね(^_^;)
でもそうゆうことになります。光秀が信長と権威の象徴である足利義昭とをつなげたことで、
さまざまなことに繋がっていくことになります。

 

光秀さんはそのまま信長さんに仕えることになりますし、ご縁ができた義昭さんは信長さんを裏切り全国の大名をたきつけ、
信長包囲網なるものができあがり、さらには光秀さん自身が信長さんを討つことになりますから、本当に歴史を大きく動かしてますね。

 

またまた他のことと絡めてしまいましたね。話を光秀さん自身に戻します。
彼はこんな言葉をのこしています。
 「 仏のうそは方便といい、武士のうそをば武略という。
  土民・百姓はかわゆき事なり。」
仏のうそは方便といって、武士のうそは武略といっているけど、それに比べたら百姓のうそなんてかわいいものじゃないか、という意味です。

 

年貢をごまかしたり、そんなの大したことないだろと。

 

はい。偉そうに人生や、生き死にを語る立場の人だって嘘をつく。
つまり光秀をふくめ自分たちだって嘘つくでしょ。でっかい嘘を。
だったらそれより軽いうそは、そうとがめるなよ・・といった思いも感じられます。
まぁ、真意は分かりませんが。

 

なんだか、どことなく大らかな空気を感じます。

 

本当はどんな人だったんでしょうね。

 

歴史はすべて、闇の中。です(^_^)
はい。では、今回のjami的戦国武将はこのへんd

 

いいんですか、終わっちゃって。

 

と言いますと?

 

・・・あの方々。

 
 
 

・・・・・。

 

・・・何か、コメントございますでしょうか?

 

ガンダムネタをぶっこむ余裕がありません。

 

「ネタを考えている時間がもったいないのだ。

 

戦国ネタとガンダムネタを絡ませるには、ときに時間がかかる。

 

べつにガンダムネタを入れる必要はないんですけどね(^_^;)」
まぁ、思い浮かんだら入れてくださいませ(^_^;)
てなわけで、今回のjami的戦国武将紹介はこのへんでおしまいっ( ´ ▽ ` )ノ

 

 

 

 

  自作甲冑
つづきまして、作品紹介であります。
甲冑つくってます(^^)
本物ではございません。さらには本物志向でもないです(^^;)
あくまで『簡略化』『量産性』を基本方針としております。

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てなワケで、今回の記事はここまでっ( ´ ▽ ` )ノ

このたびは、おつき合いくださり感謝もうしあげますm(_ _)m(^^)

今後とも、どうぞよしなに~( ´ ▽ ` )ノ

 

 

 

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